あっ痛い!これはパンチガムだ

初歩的な質問ですみません。

誰かの幸せを願った分誰かを呪わずにはいられない、私達魔法少女ってそういう仕組みでできているんですか?

質問日時:
    2011/3/25 10:22:16
    ケータイからの投稿

解決日時:
    2011/3/25 21:08:42

回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

from_zet_to_zetさん

まったくなんて基本的な質問なんだ。

魔法少女に限らず、人間はそういう仕組みになっているのさ。君がもし好きな人がいて、でも友達も同じ人が好きで、譲りたくない、でも友達を失なってまで幸せになりたくない、こうなったとき、君はどうする? ここで君が幸せを選んだとしよう。友達はきっと君を恨むだろうね。 逆に友達に譲ったとしよう。君はどう思う?表面では幸せを願って、自分の感情を押し殺そうとしても、それは無理だろうね。自分を無視して幸せになった友達が憎くて憎くて仕方ないはずだ。

これが現実というものなのだよ、さやか。

ケータイからの投稿
回答日時:2011/3/25 10:38:38

質問した人からのコメント

あたしって、ほんとバカ
コメント日時:2011/3/25 21:08:42
父がRealPlayerに課金しててドン引きした
rairaiken424:

011.jpg(via zeppel)
茶碗と木椀では、『わん』の字が異なる
数年越しの木椀 | kishin Design (via uinyan)

2011-03-30

(via gkojax-text)

ほんとだ

レジの責任者登録するときに名刺の下のバーコード読み取るんですが、それを読みとったら幼女に「おにーちゃんはいらない」っていって心に傷を負った

以前に「すごいヤバい就活生」がバズってたけれども、俺の周りで「就活生ってあんなことをしなきゃいけないんだ」って言い方をしていて、俺もそういう気持ちになるわけ。なんかさ、就活のために日本一周とか、フリーペーパー制作もよく聞くじゃない。ああいう風に、「自分はなんらかのコンテンツを生み出す必要がある」というか、「何者かにならなきゃいけない」っていう雰囲気って好きになれないんだよ。だって、その「何者にならなきゃいけない」っていうのは、誰かに要請されたもののように感じるからだ。その結果というのは、いわゆる「シューカツ」的な人当たりの良さだったりするわけでしょう。セルフブランディングっていうんだけ?

で、俺はあのサイトにまとわりついている、そういう「シューカツ」的な雰囲気がすごく気持ち悪いわけ。少なくともそういうノリはシューカツの中だけにしろよ、って思うし、普通に就職させればいいと思う。あるいは、普通にその子のサイトを作ってあげればいいじゃんって思うのね。システム代7万円で。

やまもとさんのブログには、頻繁にmixiが無関係なのに巻き込まれて毎度やられていく描写がありますが、mixiに何か恨みでもおありなのでしょうか。もっとやってください。(元mixiの中の人)
『ヤッターマン』の収録中、当時掛け持ちしていた『ドラえもん』の収録スタジオと勘違いし、「ドラえもーん、じゃなかった、ボヤッキー」と言い間違ったことがある。ところが、その部分はカットされず、そのままオンエアーされた。後のインタビューで小原は、「意外と面白かったのでそのまま使った」との事。(『ヤッターマン』及び一連の『タイムボカンシリーズ』では、台本よりアドリブ優先の考えが強かったことを裏付けるエピソードといえる)
745 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2012/05/14(月) 16:47:12.77 ID:jIyTDwCU
仕事場のオフィスのどこからか「ミュイイィ…ィィン…」という異音がずっと続いていて
なにか電気系の異常じゃないのかと皆で調べたら
課長の水筒だった

師匠は将棋が得意だ。 もちろん将棋の師匠ではない。大学の先輩で、オカルト マニアの変人である。俺もまた、オカルトが好きだった ので、師匠師匠と呼んでつきまとっていた。 大学1回生の秋に、師匠が将棋を指せるのを知って勝負 を挑んだ。俺も多少心得があったから。しかし結果は 惨敗。角落ち(ハンデの一種)でも相手にならなかった。 1週間後、パソコンの将棋ソフトをやり込んでカンを取 り戻した俺は、再挑戦のために師匠の下宿へ乗り込んだ。 結果、多少善戦した感はあるが、やはり角落ちで蹴散ら されてしまった。 感想戦の最中に、師匠がぽつりと言った。 「僕は亡霊と指したことがある」 いつもの怪談よりなんだか楽しそうな気がして、身を乗 り出した。
「手紙将棋を知ってるか」
と問われて頷く。
将棋は普通長くても数時間で決着がつく。1手30秒
とかの早指しなら数十分で終わる。ところが手紙将棋
というのは、盤の前で向かい合わずに、お互い次の手
を手紙で書いてやり取りするという、なんとも気の長
い将棋だ。
風流すぎて若者には理解出来ない世界である。
ところが師匠の祖父はその手紙将棋を、夏至と冬至だ
けというサイクルでしていたそうだ。
夏至に次の手が届き、冬至に返し手を送る。
年に2手しか進まない。将棋は1勝負に100手程度
かかるので、終わるまでに50年はかかる計算になる。
「死んじゃいますよ」
師匠は頷いて、祖父は5年前に死んだと言った。

戦時中のことだ。
前線に出た祖父は娯楽のない生活のなかで、小隊で将棋
を指せるただひとりの戦友と、紙で作ったささやかな将
棋盤と駒で、あきることなく将棋をしていたという。
その戦友が負傷をして、本土に帰されることになった
とき、二人は住所を教えあい、ひと時の友情の証しに
戦争が終われば手紙で将棋をしようと誓い合ったそうだ。
戦友は北海道出身で、住むところは大きく隔たってい
た。
戦争が終わり、復員した祖父は約束どおり冬至に手紙
を出した。『2六歩』とだけ書いて。
夏至に『3四歩』とだけ書いた無骨な手紙が届いたと
き、祖父は泣いたという。
それ以来、年に2手だけという将棋は続き、祖父は夏
至に届いた手への返し手を半年かけて考え、冬至に出
した手にどんな手を返してくるか、半年かけて予想す
るということを、それは楽しそうにしていたそうだ。
5年前にその祖父が死んだとき、将棋は100手に近
づいていたが、まだ勝負はついていなかった。
師匠は、祖父から将棋を学んでいたので、ここでバカ
正直な年寄りたちの、生涯をかけた遊びが途切れるこ
とを残念に思ったという。
手紙が届かなくなったら、どんな思いをするだろう。
祖父の戦友だったという将棋相手に連絡を取ろうかと
も考えた。それでもやはり悲しむに違いない。ならば
いっそ自分が祖父のふりをして次の手を指そうと、考
えたのだそうだ。
宛名は少し前から家の者に書かせるようになっていた
ので、師匠は祖父の筆跡を真似て『2四銀』と書くだ
けでよかった。
応酬はついに100手を超え、勝負が見えてきた。
「どちらが優勢ですか」
俺が問うと師匠は、複雑な表情でぽつりと言った。
「あと17手で詰む」
こちらの勝ちなのだそうだ。
2年半前から詰みが見えたのだが、それでも相手は
最善手を指してくる。
華を持たせてやろうかとも考えたが、向こうが詰みに
気づいてないはずはない。
それでも投了せずに続けているのは、この遊びが途中
で投げ出していいような遊びではない、という証しの
ような気がして、胸がつまる思いがしたという。
「これがその棋譜」
と、師匠が将棋盤に初手から示してくれた。
2六歩、3四歩、7六歩・・・
矢倉に棒銀という古くさい戦法で始まった将棋は、
1手1手のあいだに長い時の流れを確かに感じさせた。
俺も将棋指しの端くれだ。
今でははっきり悪いとされ、指されなくなった手が
迷いなく指され、十数手後にそれをカバーするような
新しい手が指される。戦後、進歩を遂げた将棋の歴史
を見ているような気がした。
7四歩突き、同銀、6七馬・・・
局面は終盤へと移り、勝負は白熱して行った。
「ここで僕に代わり、2四銀とする」
師匠はそこで一瞬手を止め、また同馬とした。
次の桂跳ねで、細く長い詰みへの道が見えたという。
難しい局面で俺にはさっぱりわからない。
「次の相手の1手が投了ではなく、これ以上無いほど
最善で、そして助からない1手だったとき、僕は相手
のことを知りたいと思った」
祖父と半世紀にわたって、たった1局の将棋を指して
きた友だちとは、どんな人だろう。
思いもかけない師匠の話に俺は引き込まれていた。
不謹慎な怪談と、傍若無人な行動こそ師匠の人となり
だったからだ。
経験上、その話にはたいてい嫌なオチが待っているこ
とも忘れて・・・
「住所も名前も分かっているし、調べるのは簡単だった」
俺が想像していたのは、80歳を過ぎた老人が古い家
で旧友からの手紙を心待ちにしている図だった。
ところが、師匠は言うのである。
「もう死んでいた」
ちょっと衝撃を受けて、そしてすぐに胸に来るものが
あった。
師匠が、相手のことを思って祖父の死を隠したように、
相手側もまた師匠の祖父のことを思って死を隠したのだ。
いわば優しい亡霊同士が将棋を続けていたのだった。
しかし師匠は首を振るのである。
「ちょっと違う」
少し、ドキドキした。

「死んだのは1945年2月。戦場で負った傷が悪化し、
日本に帰る船上で亡くなったそうだ」
びくっとする。
俄然グロテスクな話になって行きそうで。
では、師匠の祖父と手紙将棋をしていたのは一体何だ?
『僕は亡霊と指したことがある』という師匠の一言が頭
を回る。
師匠は青くなった俺を見て笑い、心配するなと言った。
「その後、向こうの家と連絡をとった」
こちらのすべてを明らかにしたそうだ。すると向こうの
家族から長い書簡がとどいたという。
その内容は以下のようなものだった。

祖父の戦友は、船上で死ぬ間際に家族に宛てた手紙を残
した。その中にこんな下りがあった。
『私はもう死ぬが、それと知らずに私へ手紙を書いてく
る人間がいるだろう。その中に将棋の手が書かれた間抜
けな手紙があったなら、どうか私の死を知らせないでや
ってほしい。そして出来得れば、私の名前で応答をして
ほしい。私と将棋をするのをなにより楽しみにしている、
大バカで気持ちのいいやつなのだ』
師匠は語りながら、盤面をすすめた。
4一角
3二香
同銀成らず
同金
その同金を角が取って成ったとき、涙が出た。
師匠に泣かされたことは何度もあるが、こういうのは初
めてだった。
「あと17手、年寄りどもの供養のつもりで指すことに
してる」
師匠は指を駒から離して、ここまで、と言った。

手紙将棋 (via dc-ep)